Another 緑柱石-気持ち-

ヴァルがヘリオに興味を持ち始めてから、ある程度の月日が経った。

最初は部屋に侵入して、飯を作ったりするだけだったが、次第とヘリオの用事にも着いてくるようになり、用事終わりに共に部屋に戻ったりするようになっていた。

なんとも奇妙な生活が続く中、今日もヴァルがキッチンで料理を作っている。


「ヴァル」

「なんだ?」

「これをあんたに渡しとく」


そう言って、ヘリオはヴァルに鍵を渡した。


「鍵?」

「この部屋の合鍵だ」

「いい…のか?」

「毎回ピッキングで中に入られるよりマシだ」


溜め息を吐きながら言うヘリオを見て、ヴァルは小さく笑う。


「そうか。じゃあ使わせてもらう」


そう言って、ヴァルは大事そうに鍵をしまった。

それを見て、ヘリオの頭には疑問が募る。

自分に興味があり、自分を知りたいと言ったヴァルの考えが理解できなかった。


「なぁ、あんたは何故、俺に興味を持ったんだ?」


唐突な質問に、ヴァルはキョトンとした顔をする。


「興味を持ったのと、ここに飯を作りに来る事が、どうにも繋がらない」

「まぁ、そうだよな」


ヘリオの言葉に、ヴァルは言葉を探す。


「正直なところ、あたい自身戸惑っているところがあってな」


作業の手を止めずに、ヴァルは続ける。


「10年近く想い続けた気持ちに整理をつけた瞬間、お前に興味を持って知りたいと思ったのは、お前をあの子の“代わり”として見てるんじゃないかって、自分の感情がちゃんとしたものじゃないのかもと疑っている」


淡々と話すヴァルの言葉を黙って聞く。


「だからこそ、そうでは無いと言う確信が欲しくて、お前を知って、違いを見つけて、その違いを受け入れられるなら……と考えてるのかも知れない」

「なんだか曖昧だな」

「感情なんてそんなものだ。料理を作りに来たり、最近お前と行動を共にするのも、お前がどんな考え方をし、どんな反応をするのかを見てる」

「………」

「お前がそれを良しとしないなら、あたいは辞める」


そう言って、ヘリオを見る。

すると、ヘリオは溜め息を吐いた。


「好きにしたらいい。だから鍵を渡した」

「そうか。じゃあ、好きにさせてもらう。さぁ、出来たぞ」


ヘリオの返答に、ヴァルは小さく笑みをこぼし、出来た料理を皿に盛り付けていく。

それを、ヘリオは黙ってテーブルに運ぶ。

そして、食事を始める。

向かいの席に座り、それを眺めるヴァル。


「味はどうだ?」

「美味いぞ」

「なら良かった」


彼の言葉に、ヴァルは柔らかく微笑む。


「なぁ」

「なんだ?」

「あんたは食べないのか?」


そう。彼女の作る夕飯は、いつもヘリオの分だけなのだ。


「これは、お前の家の食材だからな」

「ウチにある食材を使って補充する形で買ってきてるだろ。それに、1人で食べるのは気が引ける」

「………」

「次からはあんたも食べろ」

「承知した」


そう言われ、また柔らかく微笑んで了承した。



***************



そんなある日、ヘリオと行動を共にしていたヴァルに、声をかける者がいた。


「ヴァル!」

「…ザナか」


そこに居たのは、同じ一族で幼馴染みのザナだった。


「お前、なんでそいつと一緒なんだ?!」


そう言ってヘリオを指さすザナに、ヴァルは溜め息を吐いた。


「別にあたいの勝手だろ?掟はなくなって自由になったんだから」

「いやいやいや!お前、ヘラ…いや、ガウラに執着してただろ?!」

「ガウラはパートナーがいるんだから、いつまでも執着し続ける訳にはいかないだろ」

「じゃあ、なんでそいつと居るんだよ!まさか、そいつが好きなのかっ!?」

「………」


捲し立てるザナの言葉に、ヴァルは黙り込む。

それを見たザナは、信じられないという表情をした。


「な…んで…、なんで俺じゃないんだよっ!!」

「は?あたいは今まで、お前に気のある素振りをした覚えはないが?」

「でもっ!俺の気持ちは知ってただろ?!」

「そうだな」

「ならなんで?!」

「……好意を向けられたら、その相手を好きにならないといけないのか?」

「?!」


突然、ヘリオが発言をした事に驚くザナ。


「恋愛感情は俺には分からないが、それは違うことだけは分かる。自分の気持ちが叶わないからと言って、その気持ちを押し付けるな」

「なっ?!」


痛い所を突かれ、ザナは言葉に詰まる。


「ヴァルの事が好きなら、好きになって貰えるように努力するべきなんじゃないか?」

「………」

「俺は身近で、気持ちを押し付けず、努力してた奴を知ってる」


ヘリオの言葉に、ヴァルはガウラのパートナーを思い浮かべる。

ガウラに告白したあと、彼女を護る為に努力を重ねていた男。

告白の返事を急かすことなく、傍で笑い、共に戦い、相手を気遣っていた。

相手に合わせて寄り添う奴だったからこそ、恋愛に興味のなかったガウラは惹かれたのだろうと思った。


「ヴァル、行くぞ」

「え、あ、あぁ」


黙り込むザナを置いて、2人はその場を後にする。

ザナは、その2人の後ろ姿を、ただ見つめて立ち尽くしていた。



***************



それから1週間経った日。

ヘリオはガウラに呼ばれてラベンダーベッドに来ていた。

2人でテーブルを囲み、お茶を飲む。

そして、ヘリオが口を開いた。


「で、話ってなんだ?姉さん」

「いやね。最近、お前が女性を連れてるって話を聞いてね」

「あー…」

「どういう関係なんだい?」


少し茶化すように尋ねるガウラに、ヘリオは淡々と答えた。


「別になにもない。勝手に着いてきてるだけだ」

「そうなのかい?勝手に着いてきてる相手を自分の部屋に入れるもんかい?」

「………」


ヘリオは溜め息を吐き、経緯を話し始めた。

すると、自分が関係していると知った彼女は、少し複雑そうな表情に変わった。


「なるほどね。……なんか、ごめん」

「姉さんが謝る必要は無いだろ。本人はもう割り切ってるみたいだしな。ただ、本人も複雑な心境なんだろうとは思う。だから好きにさせてる」

「……それで、その子の気持ちがハッキリして、告白されたら、お前はどうするんだい?」

「さぁ、わからないな。正直なところ、恋愛感情はわからん」

「まぁ、そうだよなぁ。私も最初はそうだったし」


ガウラは考えながら天井を見上げる。


「私から言えるのは、その気がないなら、誤解を与えるような行動はするなよ?変な期待を持たせるのは可哀想だ」

「分かってる」

「分かってりゃいい」


そう言って、ガウラはカップに口をつけた。



***************



料理を作り終えたヴァルは、ヘリオの部屋から外に出ると、ヘリオが帰ってきたところだった。


「おかえり」

「ただいま。あんたは帰るのか?」

「あぁ、用は済んだかr………っ?!」


ヴァルの目が見開かれる。

ヘリオの後方に、うつむき加減で立つザナの姿があった。

ヴァルの反応に、ヘリオもそちらに向き直る。

ザナは聞き取れないほどの小さな声で、何かをブツブツ言っている。

その右手には1本のナイフが握られていた。


「ザ……ナ………?」


ヴァルが絞り出すように名前を呼ぶと、ピクリと反応し、ゆっくりと顔を上げる。

その顔は、無表情だが見開かれた瞳には狂気が滲んでいた。

ヴァルに悪寒が走る。

ヘリオも、その異常な空気に警戒心を露わにする。

その狂気に滲んだ瞳がヘリオを捉えた瞬間、ザナの姿が一瞬で消えた。


「ヘリオっ!!」

「っ!?」


ヴァルがヘリオを自分の後方に突き飛ばし、それまでヘリオのいた場所に立った瞬間、彼女は腹に熱を感じた。


「ぐ………っ」


彼女の目の前には、驚愕を浮かべたザナの顔。


「え……あ………?」


ザナは彼女の顔から、視線を自身の手元に移す。

そこには、自分が握っているナイフが彼女の腹に食い込んでいる。


「あ……あ……なん……で……」

「ザナ……これで……満足か?」


戸惑うザナに、ヴァルは痛みに顔を歪ませながら口を開いた。


「ち、違うっ…俺は…」


ザナは震えながらナイフから手を離し、両手で頭を抑える。


「なぁ、ザナ…、刃を向ける相手が違うだろ…」

「……え……」

「お前の、気持ちに、応えられない、あたいに、このナイフが、向けられる、なら、分かる…、でも、ヘリオに、向けるのは、違う、だろ……」


ヴァルは痛みに耐えながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「それに、考えて、みろ…、好きな、奴を、殺した、相手を、あたいが、好きに、なると、思う、か…?」

「…あ……ああ……っ、俺はっ……オレ、は……っ、うわぁぁぁああああああっ!!!!」


ザナは、発狂しながらその場から逃げ出した。

それを見たヴァルは、気が抜けたように両膝を地面に着いた。


「ヴァルっ!あんた、なんで俺を庇ったっ!?」


我に返ったヘリオが、ヴァルに駆け寄る。


「俺を狙ってるのは明らかだった!避けるのも簡単だったのに、何故だ?!」


焦りと怒りが混ざった表情と口調で言うヘリオに、弱々しく笑みを浮かべながら、ヴァルは言った。


「咄嗟に、身体が、動いてた…」

「……とりあえず身体を横にするぞ」


ナイフに刺激を与えない様に、ヴァルをゆっくり静かに横にさせる。

そして、大量出血を防ぐ為、ヘリオはナイフをゆっくり引き抜きながら回復魔法をかける。


「今回の事で、あたいは、自分の気持ちに、確信が持てた…。ザナに言った言葉は、嘘じゃない…」


ヴァルは、ヘリオを真っ直ぐ見ながら告げた。


「あたいはお前が好きだ。誰かの代わりじゃなく、ヘリオ·リガンという人間が…」

「………」

「だから、避けれると分かっていても、失いたくない気持ちが勝った」

「……それで、身体が咄嗟に動いたと?」

「あぁ」

「………そうか」

「あたいが気持ちに確信を持てたからと言って、すぐにどうこうとは考えてない。これまで通りに接してくれればいい。その中で、お前が“あたいと、ずっと一緒に居てもいい”と思えた時に、パートナーになって欲しい」

「……そう思える日が来なかったら、あんたはどうするんだ?」


ヘリオの問に、ヴァルは小さく苦笑した。


「何も変わらない。これまで通りに勝手にさせてもらうさ」

「あんたは、それでいいのか?」

「あぁ。ヘラを…ガウラを想っていた時より、今の状態はマシだからな。そばに居て、話せる。それだけで充分満足だ」


好きな相手を遠くから見守り、言葉を交わせなかった過去。

その頃と比べれば、彼女にとっては今の関係は幸せなのだろう。

そのヴァルの返答に、何も返せないまま治療を終えた。


「痛みはどうだ?」

「大丈夫そうだ、ただ、少し気持ち悪い」


そう言った瞬間、ヴァルは咳込み血を吐いた。


「?!」

「大丈夫だ……、さっき刺された時、臓器にも到達してたからな。傷は塞がってても、臓器内に漏れた血液が残ってるんだろ。吐ききれれば、どうということは無い」


ヴァルの言うことは本当だろう。

だが、不安は残る。


「あんた、今日は泊まっていけ」

「……え?」

「今痛みはなくても、傷が回復しきった保証は無い。なら、1晩一緒にいて、異変があればすぐに処置できる人間がいた方がいいだろ」

「いいのか?」

「俺を守って怪我をして、傷を治し切れてなくて死んだ、なんてことになったら目覚めが悪いからな」


ヘリオのストレートな言葉に、思わず小さく笑うヴァル。

そんな彼女を見て、彼は怪訝な顔をする。


「なんで笑ってるんだ」

「いや、お前らしいなと思ってな」


そのままヘリオの部屋に戻ると、彼は部屋にベッドを1つ追加した。

そして、水を1杯手渡す。


「水を飲んで食道を洗い流しておけ」

「恩に着る」


そう言って、ヴァルは手渡された水を1口飲む。

そして、ベッドに横になった。


「少しでも異常があったら言え」

「あぁ、承知した」


大人しく横になっていると、彼女が作った料理を温めて食事を始めるヘリオ。

その姿を見ているだけで、ヴァルの表情は穏やかに笑みを浮かべていた。

とある冒険者の手記

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